放射能の時代を生きる
日本は放射能に汚染されました。
これは、逃れることの出来ない、事実です。
汚染の大小はあるが、汚染はされた。
これが事実。
そして、この原発が日本の高度経済成長を支え、首都の機能を支えていたことは間違い無く、その意味で、私たちは被害者であると同時に、皆加害者です。
この意識はとても重要です。
水俣の緒方さんが、私はチッソですという言葉を残しています。
これは、とても深いことばです。
私は福島です。
私たちは福島です。
その昔、つい最近の昔、そして本当は今でも、私たちは隔離をします。
その隔離は、肌の色や、身体的特徴、個性、思考、様々な理由によって生まれます。
その隔離は、共に生きる事を拒否します。
同じ空間を共有する事を否定し、同じ食物を食べる事を拒否します。
様々な理由、様々な根拠が示され、この隔離と排除が進行します。
これが差別です。
差別はほぼ無意識に進行します。
そして、差別の根拠は正義です。
正義が差別を生み出すという、そいういう構造があるのです。
この事は深く心に刻むべきです。
福島を歩き、声を聴くと、とても悲しいです。
その悲しみは、普通の人が、何も悪い事をしていない普通の人が、目に見えない何かに怯え、子どもたちを守りたいと心から願い泣き叫ぶという事から生まれる悲しみです。
忘れてはいけません。母や父は子どもを守る為に必死に苦しんでいます。
そして、精一杯の生を生きています。
この事実。
遠く離れた場所で、安全な食べ物を買いだめし、異常なほどの放射能排除を行い、自分たちの家族を守るという事を僕は批判しません、しかし、ここに正義から生まれる差別の発芽があります。
世界は汚染の中で生きています。
これは、放射能に限った事ではありません。
もっとダイレクトに、身体的なダメージのある物質が蔓延しています。
これが世界の真実です。
ところが、放射能原理主義のように、ことさら汚染に注視するという姿勢は、明らかに差別の発芽です。
もちろん、子どもを守りたいと思う母の心は、正しい心です。
ですので、自分の出来る範囲で精一杯にそのような事を実施するのは正しいです。
しかし、忘れてはいけません。
私が福島なのです。
そして、福島の地では苦しみ悲しみ生きている人いるのです。
どのような形であれ、僕たちは寄り添う事が必要です。
この寄り添う感覚がとても大事。
何度も言います、君と福島は繋がっている。そして繋がらねばならない。
他者のように、汚いものを見るように、無意識に排除する人々よ。
君も福島なんだよ。
放射能から子どもを守る。
当然でまっとうなこと。
この活動をこれからも続けます。
しかし、いま、苦しんでいる人々がいるという事実を忘れてはなりません。
守りたいけど、守りきれない人がいるという事実を忘れません。
私たちこの事を深く感じ考える必要があると思います。
日本は放射能に汚染されました。
これは、逃れることの出来ない、事実です。
汚染の大小はあるが、汚染はされた。
これが事実。
そして、この原発が日本の高度経済成長を支え、首都の機能を支えていたことは間違い無く、その意味で、私たちは被害者であると同時に、皆加害者です。
この意識はとても重要です。
水俣の緒方さんが、私はチッソですという言葉を残しています。
これは、とても深いことばです。
私は福島です。
私たちは福島です。
その昔、つい最近の昔、そして本当は今でも、私たちは隔離をします。
その隔離は、肌の色や、身体的特徴、個性、思考、様々な理由によって生まれます。
その隔離は、共に生きる事を拒否します。
同じ空間を共有する事を否定し、同じ食物を食べる事を拒否します。
様々な理由、様々な根拠が示され、この隔離と排除が進行します。
これが差別です。
差別はほぼ無意識に進行します。
そして、差別の根拠は正義です。
正義が差別を生み出すという、そいういう構造があるのです。
この事は深く心に刻むべきです。
福島を歩き、声を聴くと、とても悲しいです。
その悲しみは、普通の人が、何も悪い事をしていない普通の人が、目に見えない何かに怯え、子どもたちを守りたいと心から願い泣き叫ぶという事から生まれる悲しみです。
忘れてはいけません。母や父は子どもを守る為に必死に苦しんでいます。
そして、精一杯の生を生きています。
この事実。
遠く離れた場所で、安全な食べ物を買いだめし、異常なほどの放射能排除を行い、自分たちの家族を守るという事を僕は批判しません、しかし、ここに正義から生まれる差別の発芽があります。
世界は汚染の中で生きています。
これは、放射能に限った事ではありません。
もっとダイレクトに、身体的なダメージのある物質が蔓延しています。
これが世界の真実です。
ところが、放射能原理主義のように、ことさら汚染に注視するという姿勢は、明らかに差別の発芽です。
もちろん、子どもを守りたいと思う母の心は、正しい心です。
ですので、自分の出来る範囲で精一杯にそのような事を実施するのは正しいです。
しかし、忘れてはいけません。
私が福島なのです。
そして、福島の地では苦しみ悲しみ生きている人いるのです。
どのような形であれ、僕たちは寄り添う事が必要です。
この寄り添う感覚がとても大事。
何度も言います、君と福島は繋がっている。そして繋がらねばならない。
他者のように、汚いものを見るように、無意識に排除する人々よ。
君も福島なんだよ。
放射能から子どもを守る。
当然でまっとうなこと。
この活動をこれからも続けます。
しかし、いま、苦しんでいる人々がいるという事実を忘れてはなりません。
守りたいけど、守りきれない人がいるという事実を忘れません。
私たちこの事を深く感じ考える必要があると思います。