仕事ばんざい424〜今日の仕事場は頭の中〜

さて、いろいろ、教育方針等でご心配のご様子ですので、今月のレポートとして、私どもの考え方を少しお伝えさせていただきたいと思います。

私どもの預かり型のプログラムでは、目的と原則があり、その目的と原則を守る形で進んでいます。
この目的と原則は外部にお伝えすることはほとんどありません、それは、その内容があまりに当然お事で、わざわざお伝えする必要を感じないという事からです。

しかし、もしかしたらちゃんと伝える努力をした方がいいのかなぁ・・・などと最近は考えています。

目的
・伸びやかに元気に日常を自然のリズムで暮らす。
・社会のなかで自立的に生きていくことの出来る人を育てる

原則
1.命と寄り添う活動を中心に暮らしの仕組みを作る原則
2.子どもには考える力があり、そして意志を表明出来るという原則
3.世界とのバランスの中で暮らしを作るという原則
4.命がけで子どもたちの「命」と向き合う

目的のところは、とても分かり安いので、問題ないと思いますが、ちょっと説明すると、伸びやかに元気には当然として、自然のリズムというのがとても重要です。そして、自然のリズムは、もの凄く規則正しいものですから、当然その規則性も重要になります。自然という枠組みの中で、自由に、伸びやかに、力強く生きていく環境を整えることが僕たちの目的になります。

そして、最終的なゴールは社会の中で自立的に生きることの出来る人を育てることです。重要なのは、革命家や閉鎖されたコミューンのような場所で生きることの出来る力ではなく、今現存する社会の中で生き、かつ自立的に生き、そして、社会を少しずつ変革する力を持つ人を育てる事です。

この2つが僕たちの活動の目的と目標になります。
これらの目的を達成するためには、幾つかの原則があります。それが上記した原則です。

原則の解説をすると。
1.命と寄り添う活動を中心に暮らしの仕組みを作る原則
これは、誰かに指示されることによって、生活を作るのではなく、命や自然といって深く大きな存在によって、自らの行動が制約と規則を獲得することを意味しています。具体的には馬の命や自然のリズムによって生活のリズムが決まってきます。馬のご飯の時間や運動の時間、朝日の時間や日暮れの時間などによって、1日の活動が決まって来ます。このリズムの決定にはなるべく大人の介在を少なくします。大人の作ったルールがなくても、自然発生的にルールが生まれ、実際には大人が作ったルールと重なり合います。
このようにして、自然や命の対話によって生まれていくルールこそ「育ち」に必要なルールとなります。

2.子どもには考える力があり、そして意志を表明出来るという原則
これは、当たり前の事のように思えますが、多くの人がこの事実を踏みにじってしまいます。子どものためと思い、子どもの意志表示を無視する形で提供されるすべての事柄が、踏みにじる行為に当たると考えます。子どもたちに情報を提供することは重要です。大人の役割と言えるでしょう。しかし、その後の段取りやプロセス、方法論はすべて子どもたちによる意思表示がスタータの合図となります。
この原則が、子どもたちの思考と表現を信頼するという大人の根本的な信用を担保するものとなります。
逆に考えれば、子どもからの意思表示がなければなにもしないという事になります。これは、待つという行為であり、なかなか辛いものですが、子どもとの真の信頼関係構築には不可欠な事柄です。
このような信頼関係が構築されれば、本当に子どもたちが困ったときに、ちゃんと私たち相談してくれることになります。これも逆に言えば、このような信頼関係を構築しないならば、どんなに仲が良くても、本当に困ったときに相談することはないでしょう。本当に困るとはすなわち、命をかけて困るという事です。そのレベルで通用する信頼関係は、意志表示を待つという行為によって初めて可能となります。

3.世界とのバランスの中で暮らしを作るという原則
目的のところでも書きましたが、僕たちが育てたいと考える人は、「社会のなかで自立的に生きていくことの出来る人を育てる」です。これは、とても重要な意味があると考えています。
そして、このような人を育てるためには、世俗的な様々な事柄を排除しないという事が需要です。また、この世俗的な事柄は、強い欲望刺激作業があります。この強い欲望刺激作用によって世俗的でありかつ大衆的でありえるのです。このような強い欲望刺激作用をコントロールする力を獲得することは重要です。このコントロールを学ぶためには、世俗的なもの、大衆的なものがなんなのか?ということの本質をつかむ力が必要です。
これらの大衆的なものや世俗的な事柄を乗り越えて行く力のためには、ある程度の理解と体験が不可欠だと考えています。
これはあらゆる事に言えます。
もちろん、これらの事柄に支配されるのであれば、全く大きな問題ですが、自然のリズムによって生活を送るという事が前提となった暮らしにおいては、メディアに支配される暮らしを送る可能性はありません。
このことは、基本となる暮らしがきちんとしていれば、世俗的なものや大衆的なものは恐れる必要がないことを意味しています。このことを実現するには日常に対する自信と誇りがあれば、大丈夫です。
こういった自信をしっかり持つことが出来ないと、結局は禁止という行為によって暮らしを作ることになります。このような禁止の中で暮らしを作るという態度は、自尊心を生み出すことが出来ません。
自尊心はもっと自由な感情のやりとりの中で生み出されるものです。
食べ物に関してもとても重要な示唆がこの話しにはあります。
日常を支える食生活がきちんとしていれば、ジャンクフードを恐れる必要はありません。日常を支える食生活がきちんとしているという事は、その他の食物を口にする機会が減ることを意味していますし、まれにジャンクフードを食べたとしても日常が揺らぐような事はあり得ません。
このような暮らしが、将来ジャンクフードの山の中で暮らす事になっても、日常を失わずに生きる力を構築する事になります。

4.命がけで子どもたちの「命」と向き合う
これは原則なかの原則と言えるような事柄です。命がけで命と向き合わなければ、命に寄り添うことは出来ません。しかし、ここで犯してはならない間違えは、命がけで子どもたちの「命」と向き合わず、子どもたちと向き合ってしまうという間違えです。これは、命がけで「子どもたち」という統合された存在と向き合うことの不可能性を意味しています。子どもたちという存在は多様で複雑な人間としての存在ですから、単純な命という構造だけで、向き合う事は不可能です。もし、この点を理解せずに命をかけて子どもたちと向き合おうとしてしまえば、子どもたちとの繋がりが失われる事になる可能性があります。
これは、難しいところで、常に必ず、繋がりを失う分けではありません。しかし、凄く弱い力しかないときにもし、そのような繋がり方を強要したならば、繋がりを失う可能性があります。
私たちに出来ること、そしてすべきことは、命に対して命がけでのぞむこと。それがすべてになります。

私たちは、このような目的と原則を常に日常で実施しています。
そして、彼は本当に伸びやかに、そして元気に育っています。
暮らしの中でも細かな事が着実に改善しています。
人との関わりや生活のリズムも着実にととのって来ています。
まだまだゴールまでは時間がかかりますが、大きな期待を持って見守っています。

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